【エピローグ】
                          
 フライトは順調だった。ドゲットはスカリーを家まで送ると、明日から3日分の休暇届けを出しておくから、そのまま来
週まで休むといい。そう言い残し去った。ドゲットが帰った後、暫くぶりの我が家で、荷物を解き、ゆっくりシャワーを浴
び、着なれたパジャマに着替えると寝室へと赴いた。ユタに行ってからあまりに色々な事がありすぎ、精神的にも、肉
体的にもくたくただった。
 ベッドに腰掛け、何日分も溜まった郵便物を整理していると、はらりと紙切れが落ちた。何かしらと手に取れば、レ
ストランの紙ナプキンだ。そこには、電話して!という言葉と電話番号が書かれている。ああ、これが。と今日の昼過
ぎレストランでドゲットと交した会話を思い出した。先週一緒だったというドゲットのスペシャルデートの相手。どうして
私がと、憤慨もしたが、ドゲットの彼女が何故自分に逢いたがってるのか、ドゲットが自分の事をどう彼女に伝えてる
のか、むくむくと好奇心が頭をもたげてくる。暫く躊躇ったのち、彼にも言われているしと、自分に言い訳して受話器を
取った。まだそう遅い時間ではないから、起きているだろう。数回のコールの後、受話器を取る音が聞こえ、こちらが
名乗ろうと息を吸った途端、けたたましい声が飛びこんできた。
「ハロー、こら、やめろって!・・ふざけるなよ!電話中だぞ。駄目だったら!」
スカリーは面食らい、一瞬番号を間違えたかと訝った。しかし次の一言で思わず眼を見張った。
「止せ。もう、いい加減にしろ。ハウスだ!プリンス!」
ハウス?プリンスですって?じゃ、今電話口にいるのは・・。
「・・ケビン?」
「え?ああっ、スカリーさん?そうでしょう?こんばんわ。メモ見てくれたんだね。」
「ええ。」
「先週僕そっちに行ったんだよ。逢いたかったな。」
「そうなの。知らなかったわ。」
「うん、秘密にしておいて吃驚させようと思ったんだ。でも、いなかったから、がっかり。」
「ごめんなさい。仕事だったの。」
「いいさ。しょうがないよ、僕も連絡しなかったんだし。」
「そうね。で、こっちには何しに?」
するとケビンは、長いため息を吐き出し、呆れた様に言った。
「スカリーさん。最近ニュース見てないでしょ。」
「・・・どういう意味なの?ドゲットにも同じ事を言われたわ。」
「そりゃそうだよ。やんなっちゃうな。本当にわかんないの?野球だよ、野球。チケットをドゲットさんに貰ったんだ。」
「ああ、そうなの。でも、あなた学校は?」
「ああ、そうなのって。学校って。・・・女の人ってどうして何時もおんなじ事聞くんだろ。」
「悪かったわね。」
「だって、ワールドシリーズだよ、ワールドシリーズ。ワールドシリーズってなんだか知ってる?ヤンキ−ス対ダイヤモ
ンドバックス。5試合めのチケットだよ。これを見に行かなかったら僕は一生後悔するよ。」
「私だって、ワールドシリーズぐらい知ってるわ。でも、どうして彼がチケットを?」
「うん、あの時のお礼だってさ。で、僕は父さんと大急ぎでニューヨークの叔母さんの家に泊めて貰えるようにして、後
は行くばっかりだったんだ。そしたら間際になって、父さんは仕事が入っちゃうし、叔母さんは交通事故で入院しちゃう
し、やっぱり行けないって、ドゲットさんに電話したんだ。そうしたら、ドゲットさんが泊めてくれるって。」
「彼が?・・・一人でホテルに泊まろうとは考えなかったの?」
「そりゃ、考えたよ。でも、駄目なんだ。プリンスが一緒だから。だから叔母さんの家に泊まろうとしたんだ。」
「プリンスも一緒に来たの?・・・でも大体なんであなたの家にプリンスがいるの?」
「あれ、話して無かったっけ?ライサンダ−さんが僕にくれたんだ。散歩の後僕が帰ると、玄関から動かないんだっ
て。鬱陶しいから、お前にやるって。僕はプリンスに選ばれたんだってさ。僕は嬉しかったけど、父さんはその為に広
い家に引っ越さなきゃならなくて、ちょっと大変だったかな。」
「そうだったの。でも、彼も仕事があったのに、プリンスも一緒でよく承知したわね。あなたが無理を言ったんじゃない
の?」
「違うよ。やだなあ。僕はもう12歳だよ。子供じゃないんだぜ。そのくらい迷惑だって分かるさ。だから、電話でドゲット
さんに言ったんだ。プリンスをつれて行けないから、諦めるよって。あいつ本当に僕がいないと病気になっちゃうんだ。
そうしたらドゲットさんが、君達はパートナーだろう。パートナーは何時も一緒にいるものだ。いいからつれて来なさい
って、言ってくれたんだ。」
不意にスカリーは胸の奥がずきんと痛み、思わず胸を押さえ眼を閉じた。すると瞼の奥に真っ青な青空と、その中に
溶け込むようなドゲットの青い瞳が蘇った。鼓動が早い。胸が苦しい。
 その後ケビンが試合の様子やニューヨークでどうしていたかを、例の調子で立て板に水の如く話すのを、スカリーは
殆ど上の空で聞いていた。聞いてるの?というケビンの問いかけにはっとすれば、ケビンが別れを言おうとしている。
「今度行く時はちゃんと知らせるね。」
「ええ、その方がいいわ。」
「それじゃあ、ドゲットさんにもよろしく言っといて。あ、そうだ。良かったらメールアドレス教えてくんない?そっちで撮っ
た写真見せたいんだ。メールに添付して送ってもいいかな。」
「勿論いいわよ。それは是非見せてもらいたいわ。」
スカリーがアドレスを教えると、ケビンはメモをし確認してから、さよならを言って電話を切った。

 スカリーはぎこちなく受話器を置き、眼を閉じたままこめかみを押さえた。今まで、矢継ぎ早に起きてきた全ての出
来事が、彼女の中では、ばらばらに点在していた。その一つ一つが、繋がっていると何処かで感じていたのだが、暗
闇で手探りするように、行き当たりばったりに、ただ対応してきた。それが、今パズルのピースのように全てが合わさ
り、同時に心に掛かっていた靄のようなものが嘘のように取り払われている。
 私は今まで、何をして来たのだろう。モルダ−が失踪してから、いつも沈んだ気分でいた。その時、不意にアイダホ
のケースの後、ドゲットがスカリーに言った言葉が蘇った。『安穏なところにいる自分が許せず、自分にペナルティを
架してしまう』その通りだった。自分の殻に閉じこもり、彼女の廻りにある暖かいもの、明るいものから自分を遠ざけ
た。自ら奈落の底にいる事を望み、苦しんでいるモルダ−と同化すれば、彼を助けられない自分を正当化できると思
っていた。でもそれは廻りからすれば、はた迷惑な話よね。スカリーは自嘲気味に微笑んだ。
 何時も何時も、自分一人が辛いような顔をして、悲劇のヒロインを気取り悲しみにどっぷり漬かっていた。しかし、実
際は廻りにその様子を、悟られないよう、モルダ−がいなくても、例え一人でもXファイルは、成り立つと、二人で築き
上げたものは、そんなヤワな物ではない事を証明しようと躍起になり、意識的に気丈に振舞い、事件に当った。
 そして、その結果が全てユタで起きた。自分が蔑ろにし、振り捨ててきた為にこれは起きたのだ。ドゲットはソルトレ
ークへ向う車の中で、スカリーの払った代償は自分にあると彼自身を責めていた。あの時のドゲットの横顔を思い出
し、スカリーは眼を閉じると胸の前で両手を組み合わせた。ドゲットに一体何の罪があるというのだろう。何も連絡せ
ずにユタに赴き、連絡してからも合流し様という提案を断っている。その時動かなかったのが、ドゲットの間違いだとし
たら、それを犯させた最大の原因を作っているのはスカリー本人であった。
 肝心なところで僕は引いてしまったと、ドゲットは言った。では何故、ドゲットが引いてしまったか。何故何時も、必要
以上に彼女に立入らないようにしてきたか。それは、全て彼女がそれを望まなかったから、立入らせなかったから、
許さなかったからだ。そしてドゲットはそれら全てを容認していた。何故ドゲットは、それほどまで彼女に寛容でいられ
るのだろうか。スカリーは胸苦しさに、うめいた。
 もう、充分だった。今までスカリーは無意識にこの言葉を避けていた。自分では気づかなかったが、思い起こせばド
ゲットに向って言ったのはあれが始めてだった。タラップを上るドゲットを見上げ言った、パートナーだからすぐ分かる
わ、その時のドゲットの眼差しが全てを物語っていた。
 パートナー。この言葉がスカリーの口から聞けるのをどれほどドゲットが切望していたか、今のスカリーには痛いほ
ど理解出来た。ドゲットがスカリーに驚くほど寛容なのも、彼女がパートナーだからだ。ドゲットにとって、パートナーに
なると言う事は、パートナーの全てを丸ごと引き受けるという事を指すのだろう。アイダホのケースの後、スカリーはド
ゲットをパートナーだと思おうとしてきた。しかし、現実には彼をパートナーと呼ぶ事を避け、パートナーなら当然の連
絡を怠り、頼るべき時に頼らず差し延べられた手を払いのけた。結局肝心なところで、台無しにしてしまったのは自分
なのだ。これではドゲットがパートナーと見なすスカリーは、少しも彼をパートナーとは認めていないのと同じ事ではな
いか。スカリーはそこで、自分の取った行動が、どれだけドゲットを傷つけたか思い知った。
 ユタに来るまで、スカリーは上っ面だけでドゲットをパートナーだとしてきた。アイダホのケース後に生まれた連帯感
は、お互いの距離を近くしたように見えたが、それもスカリーの行動でぶち壊しだった。スカリーがユタから電話した
時、ドゲットは何と言っただろうか。探した、そう言っていたではないか。ドゲットがどんな思いで探したか。何故、自分
に連絡せず、自分を頼ろうとはしないのか。ドゲットはどう思ったのだろう。その時のドゲットの心情を思うとスカリー
は、居たたまれず両手で顔を覆った。
 ドゲットはスカリーの取った行動から、自分が決して本当の意味でのパートナーではないと思ったに違いなかった。
スカリーの行動は、あなたは必要無いと言っているようなものだ。ドゲットにしてみればパートナーなら、遠慮無く無理
を言ったり、頼られ当てにされるのが当然なのだ。それも、お互いが深く信頼しあってこそなのに、その部分でスカリ
ーは致命的な間違いを犯してしまった。
 そして、もう一つ。ドゲットに、ユタに来る時週末だったからと、クレインの言ってるのを立ち聞きしたと打ち明けた
が、その時スカリーが孤独感を募らせたのをドゲットには言ってない。先日ドゲットの家に行ってから、てっきりドゲット
は一人だと思いこんでいたが、クレインとの会話でドゲットに恋人がいると早とちりしたのだ。何処かでドゲットも自分
と同じ孤独な人間なのだと思い込もうとしていた。所がそうではないと知った時、突然裏切られ一人置いて行かれた
ような疎外感に襲われた。やはり、自分は一人なのだと、厭世観に浸りそのままユタに飛んだのだ。
 何故こうも、短絡的に考え行動してしまったのだろう。しかも、以前の自分はこれほど人の感情に疎い人間では無
かったはずだ。いくらドゲットがポーカーフェイスでも、ここまで彼の心情を理解出来なかったのは何故だろう。スカリー
は心の奥を探ろうと、ベットに身体を横たえ天井を仰いだ。
 ああ、そうだわ。スカリーは宙を睨んだまま唇を噛んだ。私は怖かった。この場所から踏み出すのが。あまりにも長
く私はモルダ−との空間を共有してきた。その結果モルダ−のいない世界を一人で歩くのが怖かった。世間は何時
も私達に辛かった。私達は何時もXファイルという暗い夜道を、真実という光を求め二人で歩いて来た。とても平坦な
道ではなかったが、二人だったからこそ歩んで来れた。しかし、モルダ−がいない今、私は一人そこに取り残されて
しまった。そして、そこから一歩も動く事が出来なくなってしまったんだわ。
 孤独。厭世観。それらが自分を縛り身動き出来なくしていた事にスカリーは気づいた。自分が怯えた子供のように
立ち竦んでいたとは、今の今まで認める事が出来ずにいた。長い期間の自己憐憫は彼女を甘やかした。例え身動き
できずとも、何も見ず何も気づかずにいるのは楽だった。だが、絶えず心の奥で違和感を感じ、不安と孤独、そして身
が引き裂かれそうな寂しさに悩まされた。この場所に留まっていながら、何処かで抜け出したいと願っていたのだ。
 私は今まで何をしていたのだろう。スカリーは額に手の甲を当て、ゆっくりと瞼を閉じた。ばらばらだったピースを組
みたてているスカリーが、夢の世界に飛翔するのに、長くはかからなかった。

 何かが頬に暖かい。スカリーはゆっくりと覚醒しつつ、身体中を満たす心地よい安心感に身を委ねていたが、カーテ
ンの隙間から射し込む光に、不承不承眼を開けた。朝まで眠ってしまったのね。そう思いながら頭をもたげ、次の瞬
間はっとして頬に手を当てる。泣いていたんだわ。目尻をつたう涙を指で拭いながら、涙の理由に想いを馳せていた。

 同じ夢だった。スカリーは男に腕を掴まれ走っていた。しかし、最早見知らぬ男では無い。広い肩も力強い逞しい腕
も、暖かい大きな手も馴染みがあった。
「エージェント・ドゲット。あなただったのね。」
スカリーがそう呼びかけると、ドゲットの低い声が聞えた。
「君は無茶ばかりする。」
「あなたに言われたくないわ。」
足を速めドゲットに追いつくと、横に並びドゲットを見上げた。するとドゲットは顔を背け、スカリーの腕を掴む手に力を
込めた。
「エージェント・ドゲット。痛いわ。」
突然ドゲットがスカリーから離れた。
「すまない。」
「いいのよ。それより、行きましょう。」
「いや、駄目だ。ここからは君一人で行け。」
「どうして?あいつはもう死んでるのよ。あなたが戻る必要は無いわ。」
すると、ドゲットは俯き自分の両手をじっと見詰め、怒りに満ちた声で言い放った。
「いや、僕はもう行けない。僕は君を傷つけた。僕の手を見ろ。君の流した血で真っ赤だ。君の手を取る資格は無
い。」
「何を言うの?それは、私自身が受けなければいけない報いよ。あなたがそう思うのは間違っている。」
その時スカリーの眼を見上げたドゲットの傷ついた眼差しに、スカリーはショックを受けた。
「ごめんなさい。何と言って謝ったらいいの。私は何時もあなたに助けられてる。あなたはそうやって、振り返れば何
時もそこにいた、私のすぐ側にいて私を支えていてくれた。こんな地の果てまで、私を捜し出し命を救ってくれた。私
に何も求めずあなたが全てを投げ出してくれているのに、私はあなたを無視しあなたを認めようとしなかった。これ
は、その報いよ。」
知らずにドゲットの両手を取り、スカリーは訴えていた。しかし、ドゲットはその手を振り解くと、顔を背けた。
「それは、違う。」
「いいえ、違わない。私は何も求めないあなたの沈黙を、自分の都合の良いように解釈した。本当はどれだけあなた
が私の信頼を求めていたかなんて、考えもしなかったんだわ。私のした事であなたがどれほど傷つくかなんて思いも
しなかった。愚かな私を許して。」
スカリーは突然胸が一杯になり、涙が溢れた。するとドゲットは、つと近づきスカリーの髪をそっと撫ぜ、あやすような
声で囁いた。
「君は愚かじゃない。ただ、準備が出来ていなかっただけだ。」
「そうね。でも、私は私が許せないの。あなたに関してあまりにもたくさんの事を、見て見ぬ振りをしてきたのよ。」
「大した事じゃない。」
スカリーが身体を引いて問いかけた声は、悲鳴のように響いた。
「どうして、そんな風に思えるの?私はもう分かってしまったのよ。あなたが、喉から手が出るほど望んでいたものが
何か。あなたが慎重に使うのを避けていた言葉が何か。そしてそれが私達二人にとってとても重要だと言う事も。」
「エージェント・スカリー。もういいんだ。」
ドゲットはスカリーの涙を優しく拭い、ちょっと背を屈めスカリーの眼を覗き込んだ。スカリーは躊躇いがちに触れるドゲ
ットの手の暖かさに、俯くと眼を閉じた。涙が止まらない。囁くような声で言った言葉の半分は、自分自身に向けて言
ったのだった。
「エージェント・ドゲット。あなたの手はいつも暖かかったのね。私は一人じゃなかったんだわ。」
「君は一人じゃない。僕たちは・・・・」

「パートナー。」
口を衝いて出た言葉は、夢の中のドゲットが言いかけたものだ。ここで、眼が覚めたんだわ。スカリーは起き上がる
と、ぼんやりと宙を見詰めた。夢の中では随分と正直に自分の感情をドゲットにぶつけていた。夢で泣くなど、モルダ
−の悪夢以来だ。それなのに何故か気分がすっきりとして、まるで遠くまで見渡せる様に、全てが透明になった気が
する。私はこうして泣きたかったのかもしれない。ただ泣いて、誰かに慰められたかったんだわ。
 スカリーは伸びをすると立ち上がり、窓辺へと向った。カーテンを開け、窓を開け放ち空を見上げれば、一瞬目が眩
む。と、同時に昨日空港でタラップを上った時の事が蘇った。眼を閉じれば鮮明にユタの青空と、それを溶かしたよう
なドゲットの澄んだ瞳が浮かんでくる。私はあの時光に眼が眩んだんじゃない。ドゲットの眼差しに胸を衝かれ、よろ
けたんだわ。
 スカリーは夢の中で、自分がドゲットに訴えていた一番重要な言葉を思い起こした。ドゲットが何を望み、慎重に使
うのを避けていた言葉が何か。この言葉をドゲットが何故避けていたかは、今更言うまでも無い。彼がスカリーの信
頼を、パートナーとしての存在する事をどれほど望んでいたか。その想いが、スカリーの何気ない一言で報われたの
だ。
 スカリーは何故あの後、ドゲットの微笑む横顔から眼を離せなかったのか合点がいった。それは、スカリーに向けて
初めて見せた、ドゲットの心からの笑顔だったからだ。あんな顔で笑ってくれるんだったら、もっと早くに言えば良かっ
たと、今になって後悔した。その時気づいた目尻の笑い皺からも、ドゲットが昔はよく笑ったのだろうと想像出来た。ど
うしてもっと笑わないのかしら。スカリーの眼にはドゲットの滲むような笑顔と、笑いを含んだ低く柔らかい声が心地よ
かった。しかし、すぐに肩を竦め呟いた。
「私があの状態じゃ無理だったわ。」
 スカリーが朝の爽やかな空気を味わおうと、窓から身を乗り出せば風が心地よく頬を撫ぜる。その時一陣の風が髪
を乱した。思わず右手で髪を押さえれば、パジャマの裾から包帯が解けぶら下がっているのが目に入った。窓に凭れ
包帯を巻きなおしていると、昨日のドゲットの手の感触を思い出した。
 私はモルダ−がいなくなってから、たった一人で長い夜を過ごしてきた。あのまま夜の闇に呑み込まれ、危うく全て
を見失うところだった。それを、ドゲットが光射す場所へ力強く引っ張り上げてくれたんだわ。モルダー、あなたを蔑ろ
にするわけじゃない。でも、日々状況は変わって行く。それに一人で対応出来るほど、私は強くは無いわ。あなたが
いない今、誰かの力を借りるとしたら、ドゲットは捜査官としても、人間としても理想的な人だわ。彼をパートナーとす
るのは、悪い事では無いでしょう。
 スカリーは再び空を仰ぎ、深く息を吸いこんだ。私の居場所は、真っ暗なパートナーのいないオフィスのような夜の
世界ではなく、この空のような青く澄んだ眼で私を見守りと、空のように広い心で包でくれるパートナーの傍らなの
だ。スカリーはその時長い夜が終わりを告げ、今やっと夜が明けた事を、頭ではなく心で理解した。ふっと胸の奥から
湧き上がった言葉に、スカリーは微笑んだ。
 もう二度とあそこへは戻らない。私は一人ではなかった。

                              終






*後書き*
これは「ロードランナー」に触発されて書きました。勿論、殆どが作者の捏造です。相変わらず終わってみれば、何もない二人ですが、皆
さんの読後の感想は如何なものだったでしょうか。今後の参考に是非お聞かせ下さい。

By doggie


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