【Promise Land】


 何時もの夢。スカリーはバルコニーの扉を開ける。手摺りの上で白銀の光に縁取られた銀鼠色の狼は、月明かりを
背に蒼い瞳を銀色に煌かせ、スカリーを見て幸せそうに身体を揺らす。名を呼べば短く答え、手摺りから飛び降りスカ
リーの手に頭を押し付ける。スカリーと狼は月夜の城を、庭を、聖堂をそぞろ歩いた。狼は付かず離れず、スカリーに
付き従い、何時も何時もスカリーの顔を見上げ、視線を捉えて離さない。
 厩舎を一回りし、ゴリアテやグレンデルと戯れた狼は、栗毛の手綱を咥えスカリーの元に引いてくる。スカリーは狼
に微笑むと、何の躊躇いも無く跨った。そう。これは夢。狼はスカリーに、ウォン、と嬉しそうに吼え、不意に身を翻す
と、弾丸のように駆け出した。その直ぐ後をスカリーも馬を駆り疾走する。
 狼は走る。藍色の夜の闇。風の渡る暗い平原。月明かりをきらきらと反射させる小川のほとり。銀の弾丸は風にな
り、光となり、闇を切り裂きスカリーを誘う。狼の後を追い、馬を駆るスカリーは眼の眩む疾走感に酔い、高鳴る鼓動
が胸を打つ。
 ざわざわと木々を揺らす林の中で、速度を緩めた狼はスカリーを振り返る。その少し後、馬を歩ませスカリーは、茂
みに見え隠れする狼の姿を、見失わないよう見詰め続ける。その時一条の光が、繁った枝の間から、スカリーの眼の
前に落ちる。狼は振り返り、スカリーを哀しげに見た後ふっと茂みに溶けてしまう。
 見失ったのかと、スカリーは馬を進めながら、林の中を探す。木立の向こう、茂みの奥、岩壁の上。何処に行った
の。不安は次第にスカリーの胸を締め付ける。ちらりと動く影に、はっとして眼を凝らす。朝靄がゆっくりと移動する木
立の中に、見覚えのある影を認め、馬の背から身を乗り出す。
 遠く聞こえていた蹄の音と共に、見慣れた姿が、木立の中に見え隠れする。木々を隔てた彼方から、馬の背に跨り
男はスカリーを見て微笑んだ。微笑み返すスカリーに、男は寛いだ表情で目配せし、軽く馬の腹を蹴る。軽やかに駆
け出した葦毛の隣にスカリーが馬を並ばせると、男は屈託無く破顔し愛情の篭った眼差しをスカリーに向ける。その
暖かな笑顔と涼やかな蒼い瞳は、スカリーの心を幸福で満たし、心に芽生えた不安などかき消してしまう。
 馬を並ばせ林を抜けた二人は、小高い丘の上にいた。遥かに広がる緑の草原は、命を育み、生を謳歌し輝いてい
る。頬を弄る風の心地よさと、心和ませる美しい風景にうっとりと見入るスカリーは、直ぐ近くで同じ眼をしてそれを眺
めている男の気配を感じていた。
「ここが?エージェント・ドゲット。」
振り返ればグレンデルの鞍に両手を交差させ些か猫背気味になったドゲットが、静かな微笑を浮かべスカリーを見て
いる。
「約束した場所なのね。」
「ああ。ここが約束の地だ。」
ドゲットは真横に馬を並べると、遠い眼をして丘の彼方に視線を投げる。清々しい朝の光の中で見るドゲットの横顔
は、スカリーの心を惹きつけて止まない。不意にドゲットは俯いて声を出さずに笑い出す。不思議そうなスカリーに、ド
ゲットはちょっと照れ臭そうな顔で、黙って前方を指差した。
 草を掻き分け狼が走る。蝶に戯れ小鳥を追いかけ、草原を縦横無尽に走り回る躍動感溢れる狼の姿は、例えよう
も無く楽しげで、思わず微笑まずにはいられない。自分の分身がはしゃぐさまを見られ、はにかむような笑顔で首を振
るドゲットに、スカリーは笑いかけた。その笑顔にドゲットは、目元に笑みを滲ませ、スカリーの頬をすっと手で撫ぜ
る。ドゲットの大きな手はスカリーの心を和ませ、密やかな吐息と共に、そっと甘えるように頬を押し付ければ、ドゲッ
トは情感溢れる眼差しでスカリーをじっと見詰め、囁いた。
「世界は美しいな。」
呟いた声は、低く暖かくスカリーの胸に響く。ドゲットはスカリーの頬に当てた手にそっと力を込め、自分も馬の背から
身を乗り出すと、優しく口付ける。重ねた唇は、熱くしっとりと彼女に馴染み、全てを委ねたスカリーの心から湧き上
がる愛情を、ドゲットは受け止める。広く、深く、大きく、ドゲットはスカリーを包み決して離れない。

 ここは愛するものの還る場所。蒼い瞳の狼が守る、安らぎと平穏と、光と幸福に満ちた約束の地。











※後書き
  小品「Promise  Land」は掲示板にて「レディホーク」の話題を下さったharuka様、クロスを振って下さったポット様、その他この物語を応
  援して下さった全ての方に、捧げます。本当に長い間ありがとうございました。皆様と作者を魅了して止まなかったドゲット=狼は、この
  地で何時までも楽しく走り回っていることでしょう。
  
  By doggie  2003.7.2

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